ここから
津での展示は無事終了しました。
沢山の方にお越し頂きました。
沢山の方に作品と出会って頂きました。
嬉しい再会も。
いつも応援して下さる方々。
想いを共有出来る仲間たち。
ダウンズタウンプロジェクトは、これからです。ここからです。
皆様、本当にありがとうございました。
そして、これからのダウンズタウンプロジェクトをどうぞよろしくお願い致します。
最終日
新生ダウンズタウンプロジェクトとしての初展示、本日最終日です。
そして、ここから新たな歩みとなります。
僕自身も今後は関わり方もアプローチも変えて行こうと思います。
人には向き不向きがあります。
僕はやっぱり現場人間。
目の前に居る人達ととびきりの笑顔を創ることが役割で、それよりも大きな場所や繋がりを纏めるのはもっと違う存在が必要。
沢山の人達に関わって貰わなければこのプロジェクトは進まない。
だから僕は一歩引いた場所から、小さな場を守りながら、みんなの動きと歩みを揃えたい。そんなことも感じた今回の展示だった。
お近くの方でお時間のある方は、本日ぜひいらして下さい。よろしくお願い致します。
心が動くとき
搬入に向けて積み込み。11点の作品と、普段はネット販売のため現物に触れる人も少ないダウンズキャンバスも数点積みました。微調整は現地で。
ダウン症のある人達の文化と社会を繋ぐ、ダウンズタウンプロジェクト。新たな気持ちで臨む展覧会へ。いざ出陣、です。
搬入はよし子が1人で向かうことに。子供たちは普段通りの学校と幼稚園だし、夜は悠太のサッカーがある。展示初日はバトンタッチで僕は受付へ。津はなかなか遠いです。いやいや志摩が遠いんです。お客様もよく三重に行く予定があるので、とか名古屋で用事がとかで志摩まで行きます、と言ってそこからの距離にビックリされます。伊勢からでも1時間程は掛かります。でも、来てしまえば最高な環境です。石川県で言えば能登半島もそんな感じですね。奥能登はもっともっと遠いです。
さてさて、よし子が搬入に向かいました。
今、芸術や文化の役割みたいなことが言われてて、何の為にやるのか、みたいなことも問われたりしますね。はっきり言って目的が全てではないのに。それでもね、役割の話をすると文化芸能含みますけどこれは大きいです。現場で人間の心を実地に見てきた経験から言います。人と言うのは、心が動かなければ身体も動きません。それ程に心が動くと言うことは大事です。生命体の根本です。
いよいよ
蒸し蒸ししますねぇ。ガリガリ君、梅味が最高だな、とか思いつつ、さあさあ、展覧会が迫って来ました。準備バッチリではありませんが、行きます。よし子とダウンズタウンが語られた資料も少しあったら良いかなぁ、と話していたので見返してみました。ソトコト、天然生活、幾つかの新聞記事、美術手帳、GQでは高橋源一郎さんに取り上げて頂きましたね。こうしてみるとダウンズタウンプロジェクトのことも色んな場面で語られています。でもここからまた新しいページを刻むべく真っさらに、フレッシュに行こうかとも思います。僕自身はよし子が中心に進めて行くべきだと思っています。僕は現場に立っているのが役割かな、と。今は志摩でのこどものアトリエをメインにやって行きたいと思います。とは言え、外の人達も含め沢山の力が必要なダウンズタウンプロジェクトに、もちろんもちろん僕も出来る限りのエネルギーを注ぎたいと考えてもいます。本格的なトークも久しぶりです。やっと今回与えられたテーマに思いを巡らせています。大きなテーマです。受容と共感。今こそ語るべきテーマです。そして正しく自分がこれまでの歩みで絶えず中心にあったテーマでもあります。企画ではなるべく先方から与えられたテーマで話すようにしてきました。テーマも与えられたもの、って言うのが大事なことです。Facebookのフィールドに、福祉現場の職員向けと称するオンラインセミナーの広告動画が上がっていて、その内容の酷さに呆れています。介護、看護、福祉の現場で必要なスキルをマニュアルで、とか言ってますが、バカバカしくてお話になりません。言ってることも浅すぎです。当たり前ですが人と人が直に触れる現場をオンラインで学べる筈が無いです。そして、マニュアル化も不可能です。こう言うことやってるからいつまで経っても駄目なんです。まあ、そもそも利用者とか利用者さん、なる言葉自体に違和感しかないです。基本は1対1でその心に向き合うことですから、そこにあるのは自らの心、人格と、目の前の相手のそれが直接触れ合う。だから真剣勝負な訳です。マニュアルなんて存在しません。ずっとそう言う仕事をしてきて、時に言われることもありました。それは佐久間さんにしか出来ない、と。当たり前です。僕だけではないです。誰もがその人でしか出来ない仕事をしているんです。そして相手にしている人もその人でしか出来ない在り方、行き方、人格としてそこに居るんです。誰も変わりなんか出来ません。お互いがその唯一無二の存在として尊重し会う、その究極が僕は現場だと思っています。
今回、企画の全体のテーマにギフトと言うメッセージを頂いています。自分もそう、そこにいるたった1人のその人もそう、他の誰でも無いその個性こそ、この世界から与えられた最大のギフトです。少し前にオンライントークでしたがお話したテーマが、たった1人の個性から、でした。全ての存在が大切にされる世界を。調和と平和がそこにある世界を。そのためのヒントがダウン症のある人達の感性の在り方から見えてきます。展示前に多くを語り過ぎてしまいましたが、作品達と皆様が素敵な出会いをされますように。
子供たちの時間
昨日、ちょっと久しぶりに見た息子の絵を描く姿。昔は一気呵成に描いていたけど、じっくり描く感じになっている。ダウン症のある人達に教えて貰った描き方と言っている。小さな頃から彼らの制作を見ている悠太にとって、ダウン症のある人達は、格好いいお兄ちゃんお姉ちゃんであり、尊敬する凄い人達。一緒にいて自然に芽生えた気持ちは、今後色んなことがあっても原点のように残って行く。悠太がどんな行き方を選択して行くにしても、作家達と過ごした時間、そこで見たこと感じたことは、きっと宝物となる。
子どものアトリエでは一般の子供たち、地域の子供たちを対象に制作を行っているけれど、どんな子にとっても自分らしくあれる場所でありたいと思う。感性のレーダーを磨いた時間が力となる。子供時代はやがて過ぎて行くからこそ、その時代にしか出来ない時を過ごして欲しい。みんなが感じて、響いて、動ける人に、感じ取って大切に出来る人になって欲しい。どんな世界で生きていても、何をしていても、人間にとっての元は同じ。