母川回帰

ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ、元アトリエ・エレマン・プレザン東京代表、佐久間寛厚のブログです。日々の制作の場で人間の心と創造性の源を見つめています。

その光は

映画、「ニーゼと光のアトリエ」における、

光、また光。

 

何時でも背景から入り込む光。

 

奥底で生命を支え、包むものとしての。

優しく、奇跡のような光。

 

その光はニーゼの人格や愛そのもの。

いや、ニーゼ個人をも超えて見守るもの。

 

人間の心、精神は謎に満ちている。

どれだけ時代が進み、科学が進歩しようと、

それは永久に解き明かすことは出来ない。

病とは何か、治療とは、治るとは、

一体何を意味するのか。

このことを謙虚に真摯に受け止められる人間、

この認識に踏み留まったまま動ける人間にのみ、

関わる仕事が、触れる仕事が可能となる。

 

確かに電気ショックによる治療の暴力性は、

現在の目から見て、あまりに明らかな過ちだろう。

でも、それから随分経った今の常識が、

このように後で振り返った時、

如何に偏見に満ちたものであったか、

思い知らないと、誰が言い切れるだろうか。

 

ニーゼは何故、当時の常識を否定出来たのか。

 

最終的に、人を見るのはセンスの問題だ。

ニーゼの場合、あの光を、彼女は知っていた。

恐らく大好きだった、動物と音楽は、

その光を更に育てて行った。

 

何をするか、どうするか、ではなく、

聴くこと、観察することから始まる。

これがニーゼの行った最も大切なこと。

 

観察はやりようによっては、

それだけで相手を変えてしまう。

それ自体が一つの愛の行為でもある。

 

作品との距離はどうか。

ニーゼが素晴らしかった部分は、

描く人の自発性を遮らなかったこと。

今では当たり前かも知れないが、

当たり前になったから、と言って、

それが本当に出来ているのかとは、

別の話になる。

作品には行程が必ず宿る。

自発性が守られている作品は、

現在でも希だと言っておきたい。

 

ニーゼに何故それが出来たのか。

それはセンスと人間観。

そして、ユングの理論なのだろう。

 

ニーゼの限界点はどこか。

やはり作品を治療や成長のプロセスとして、

一直線的に見てしまっている。

病気が発症する前に絵を描き、

評価もされていたと言うクライアントに対し、

今ではこんな落書きしか描けない、

と捉えていたり、

或いは抽象的な表現は具象的表現より、

劣るもの、と見たりしている。

ここにはユングの分析を手助けに、

絵を見る、と言う背景の限界が顕れている。

 

ニーゼはそれでも、その限界を超えた視点も、

いつもどこかで持っていた。

背景に射す光のように。

 

クライアント達が変化して行ったのは、

アートセラピーなのではない。

絵を通しても、動物を通しても、

変わらなかったニーゼの愛の行為であり、

その環境づくりこそにその答えがある。

 

光。それでも光はそれ以上のものてして、

人間を超えて、人間を守っている。

 

芸術を持ち込む案を出したのは、

ニーゼではなかった。

そこも大事なところ。

 

途中、作品を並べるところで、

作品の質で並べようとする人物に対し、

ニーゼは年代順にこだわる。

この2人の見解の違い。

双方共にある可能性と限界。

 

だが、一つはっきり言えるのは、

ニーゼが芸術と距離をおく視点を持ち続けたこと、

それが、クライアント達の心を開いていた。

 

美術評論家が登場して、

これはアートだ、多くの人に見せるべきだ、

と唱え始めると、

彼らを取り巻く環境は大きく変わっていく。

今でもよくある話だ。

 

冷静にやや苦渋を咬むように、

アートと病院を見つめるニーゼ。

どちらにも答えはない。

 

急に外の環境に出て行こうとする、

クライアントと家族、何があったのか。

作品によって社会的に成功出来る、

と誰かが入れ知恵したのだろう。

これも今でもよくある話。

 

「まだ治療中です。」と言うニーゼの言葉。

 

「どうやって支えるの?」

 

「画家じゃない。労働者だ。」

 

「ここに居る間は描く」

 

彼らの内面の声を誰も聞こうとしない。

病院にも、芸術と持ち上げる人達にも、

彼らの本当の声は聞こえていない。

ニーゼだけが聴き続ける。

 

アトリエには奇跡のような光が射した。

あそこでニーゼと共に、

過ごした時間こそが、1人1人にとって、

1番幸せな時であっただろう。

 

口出しせず、教えず、ただ見ていて、

と言われたスタッフの言葉。

「私の役割は?」

 

ただ居ること。

ただ共にあること。

それはとても難しいことでもある。

 

ニーゼはアートで解決が着くとは信じていない。

病院を去る以外に方法はなかった。

 

ラストシーンは展覧会でのスピーチ。

紹介を受け、壇上に立つニーゼの表情。

 

これが答えで無いことは分かっている。

でもこれ以外に選択肢はあっただろうか。

 

しかし、それでも微かな微笑みが。

1人1人の人生全てに注がれる慈愛。

 

光のアトリエ。

光の時間。

全てを超えて、それでも、

全ての人が、あの光に包まれている。

 

人も、人の心も、

闇の果ても、その光が守っている。

 

ニーゼの全てを見てきたような眼差し。

たとえ、そう思えなかったとしても、

この生と、この世界は素晴らしいもの。

奇跡に満ちた、光り輝くもの。


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