母川回帰

ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ、元アトリエ・エレマン・プレザン東京代表、佐久間寛厚のブログです。日々の制作の場で人間の心と創造性の源を見つめています。

台風の真ん中で

夏休みに入って、子供達の色々。

それから来客が続く。

体調崩す前の子供達のリクエストに答えて、よし子の作ったシチュー。凄い美味しかったぁ。

 

日々の中で。ここ数日の。

台風が通過していく中で。

 

最近は告知も含めて、ここに書くことの多くが母川回帰シリーズのことになった。

大事なことはトーク時に話して行くから、ブログとか文章で書くべき事もそれほどない。

 

責任上、言わなければならないことが出てきたら、書いては行くと思うが。

 

母川回帰シリーズについては、正直なところ、ひっそりとあまり気づかれない中で続けて行くつもりだった。数年かけて、ああ、何かやってるなぁ、みたいな感じで。何せ、こちらはライフワークとして捉えているから、これから長期戦だし。でも、流れと言うものがある。始まりと同時に今の勢いを感じたから、一気に流れに乗って行くことになった。

 

8月9日(金)の第3回では、核心に触れることになる。

話すと決めたけど、本当に話すのか、本当にやるのか、と実感が深まる。こう言う日が来るとは。

 

墓場まで持って行く気でいたこともあった。

伝わるはずがない、と思っていたこともあった。

誰が求めるのだろう、と思ったこともあった。

 

今、確信を持ってこのテーマを話す。

第3回のメインテーマは生命のシナリオ。

 

命を賭けた数々の場で、僕が学んで来たこと。

 

障害とか、福祉とか、アウトサイダーとか、あるいはアートとかの世界や議論からは、遙か遙か遠い場所での。先の先の先での話。少なくともそれらの業界では未だに誰も気づきも直感もしていない領域。まして語られることなど、どれ程先のことか。

 

16、7で既にその世界を見せて貰っていたことは、人生の僥倖としか言いようが無い。

この世で貰った恩はこの世で返して行く。

 

いよいよその時が来たのか、と言う実感と、教えてくれた沢山の場、出会って共有してくれた人達の想い、無駄にしないと誓った思い出たち。

 

お金も地位も名誉も無く、権力も無い個人として、背負うものだけが途轍もない大きさだった。

それでも、流れを少なからず変えてきた実感もある。

 

やると言ったことは、かなりの割合で実現してきた。

あの頃、誰が信じただろう、と言うテーマも世の中の議論に入って来ている。

見せて、証明しても信じない人は信じない。

認めない人は認めない、と言うことも分かった。

 

でもでも、みんなと約束してきたから。

だから行く。

だから諦めない。

やり続ける。

約束を守らない人がほとんどだと知りながら。

 

今言ってることも、ほんどの人は信じないし認めない。そして、数十年経って証明されても、疑って来た人達は過去は無かったことにして、おこぼれを頂戴することだけに徹するだろう。

 

それでも良い。

ずるい人が得しているように見えるのは、生命体の仕組みを知らないからだ。真っ直ぐ正攻法で進むのは、勝つためでも得するためでもない。

損しても、負けても、命を喜ばせることを、生命の本能を大切にしたいだけ。

 

それはさておき、奇跡というものはある。

この世界で信じるに足る物がある。

 

こんなお話が出来る場所と時間と人が、一つに重なるのだから。

母川回帰シリーズ第3弾、生命のシナリオ。

この世界を、生命を疑い続ける人は、聞きには来ないだろう。世界を、生命の声に開かれている人、諦めていない人。生命体への信頼を持つ人が必然的に集まることになる。

 

思えば、この場でこう言うお話をすることが、16の頃、場と出会った時の直感の中に既に種があったのだから、生命とは本当に奥深いもの。

 

第3回が終わるまで、今後のことはひとまず考えないでいようと思う。4回がどうなるか、これから僕自身も楽しみだ。

 

始まりの3回までが、今後の展開においても計り知れない価値を持つことは間違いない。

 

毎回、こんなに色々書かなくても、とも思うが、今僕の中では何か凄いことが起きている。

だから初心に帰って、もう一度、立ち向かう気持ちで挑みたい。これから、だと言う思いで。

 

台風のあとの志摩にて。

 


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