母川回帰

ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ、元アトリエ・エレマン・プレザン東京代表、佐久間寛厚のブログです。日々の制作の場で人間の心と創造性の源を見つめています。

場とは

書くときも、公でお話するときでも、僕が1番多く使っている言葉は、恐らくは「場」だろうと思う。場を意識する様になったのは10代の時だけど、自覚的に場と言い始めたのは15年ほど前で、実はそれ程時間は経っていない。でも場との出会いはもっともっと昔。最初の頃は一人ではなくて数名の中で漠然と、何となく、そう言うものってあるよね、あれは何だろうね、とかそんな感じだったと思う。その後を追求していく人はいなかった。同じことやっても、違いが出る場面とか、色んな要素の集まりだけではない、それ以外の何らかの力が加わることとか。その時間に流れている有無を言わさない方向性とか、それは何だろう、とか。あと、1番は絵の様に綺麗な場と言うのがあって、場が綺麗であれば人の心は必ず満たされる、と言うことをある段階から気がついたり。そうやって行く内に場自体が作品と言う結論に達した。美しい場が生まれた時に、人は根底から喜びを見つける。そこから完成された美しい絵のような場を、みんなで創る、と言う方向でやって来て、それがまたある時、みんなで創るこの場を、これはお届けする、と言う感じになった。みんなで、更に外へ更にみんなへお届けする場。そして、最後は捧げる場と言う感覚が生まれた。場はみんなが輝いて、与えられた命を生き切る姿を見せること。それはより大いなるものへ捧げられる場。一人一人が全力で生命を輝かせ、笑い合い、響き合うことが一つの場となり、捧げられる。みんなで創る場から、お届けする場へ、そして捧げる場へ。それはこの全世界が一つの場であって、そこにある生命同士が響き合うと言う、本来の姿を明らかにしている。