100年後へ
今の世界の中で希望を感じることは少ない。
それでも諦めてはならない。
立ち向かうこと、挑戦することをやめない。
これまでもこれからも、
この豊かな文化を発信して行く。
2014年、東京都美術館での展覧会の時、
担当学芸員の中原さんとしみじみ語り合ったこと。
この企画の真の意味はまだ理解されない、と。
されていない、と。
それが理解されるまでには、
まだまだ時間がかかると。
それは僕らの実感だった。
でも、やったことは残るもの。
刻まれるもの。
ダウン症の人たちの描く作品の凄さも、
その豊かな文化も、まだ知られることなく、
本当のことに、人が気づくのはまだ時間がかかる。
出生前診断が導入されてから、
陽性反応が出てその後、障害が分かった人の、
およそ96%が中絶していると言う現実。
何も知らずに、命の選択が行われる。
しかし、それは個人の責任だけでなく、
社会全体の問題であり、
紛れもなく、
僕たち全てに無関係ではあり得ないこと。
発信していくことは、様々なリスクを伴う。
今、リスクがあっても、
最上のものを見せて、語って行くことを、
これまで以上に力を入れている。
敏感な人達は気づきはじめている。
身近でヒシヒシと感じる。
大多数の人達には未だ関わりのない世界だと、
思われているし、認識すらされていない。
専門家や近くに居る人達が、
本当に分かっているか、と言うと、
かなりかなり遅れているだろう。
近すぎて見えないことも多いだろう。
今の水準に合わせた発信はしない。
たとえ、50年後、100年後にでも、
本当に響く人達に、必要としている人達に、
この宝物のような文化を残していく。
人類の遺産のような世界を。
そして、逆の言い方をするなら、
現状の殆どの活動が、発信される殆どの情報が、
50年後には意味を持たないだろう。
だからこそ、機が熟した時に、
しっかり残してあった、と言う仕事を、
していく責任がある。
ここに一つの偉大な文化がある。
こんなに豊かな平和な世界が。
無限の創造性と、高い精神性が。
僕たちはここから学び、
新しい人間の世界を創って行かなければならない。