母川回帰

ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ、元アトリエ・エレマン・プレザン東京代表、佐久間寛厚のブログです。日々の制作の場で人間の心と創造性の源を見つめています。

覚悟はあるか

厳しい暑さが続く。

皆さま、お元気でしょうか?

 

季節や自然を前に、人のちっぽけさを思う。

 

何はともあれ、無事生きてさえあれば、

それだけで良いし、素晴らしいことだ、

と言う当然のことを人はついつい忘れてしまう。

 

生産性がどうの、どころの話ではない。

生命とは計り知れないもの。

 

この夏、東京を離れる前に、

書きかけていた記事がある。

かなり過激な内容だったかも知れない。

まだそれを出す時期ではない、と言う気もしている。

 

ただ、何度か書いたように、

今の動向には強い危機感を覚えている。

 

積極的に色々情報を調べることはないが、

僕のところには沢山の人が話に来る。

その方達から今何が起きているのか、

知らされることが多くある。

 

20年前に語っていたことが、本当になった。

10年前に予想したことも、

殆どが現実になっている。

 

少なくともそれくらいの時間が経たなければ、

真意は理解されないかも知れない。

それでもここに書き残しておこう。

 

現行のいかなる活動、

福祉であれ、芸術であれ、その他なんであれ、

絵を描いたり、発表したり、それをもっともらしく、

位置づけたりする、そういった全てと、

僕らの場は違うものだ。

 

あえて見える形だけで言っても、

作品の質も場の質もレベルが違う。

 

何故なら、作家達の本質を捉えたものが、

他の場所では皆無だから。

誤解を恐れず、思い切ったことを書いたが、

見る人が見れば分かることだと思っている。

 

そして、憎まれ役を買って出てまで、

言いたいことは、ダウン症の人達の持つ、

この文化を歴史に刻むこと、

そのために譲れない線を、

何処かの誰かは、何処かの何かは、

突き抜けて守り通さなければならない。

 

誰もやらないからやる。

誰も言わないから言う。

 

まだまだそんなものではないから。

もっと凄いものがあるから。

人は見ようとしないから、見えない。

知ろうとしないから、知らない。

 

人間の可能性を示す高度な文化がある。

それはまだ知られていないものだ。

 

作品含めて、この素晴らしい文化は、

本当の意味でまだ人々にとって未知のもの。

沢山のバイアスから、

まだ人も社会も自由になれてはいない。

 

謙虚に、虚心に、この世界に耳を傾けた時、

必ず見えて来る何かがある。

何時かその文化が迎えられる日が来る。

 

曲げてはいけない。

妥協してはいけない。

 

偏見の上で成り立つ賞賛を、

甘受してはならない。

人への作品への、冒涜でしかない、

世の多くの活動に寄せてはならない。

 

諦めず、本質を示し続ける努力と覚悟を。

 

何をすべきか、何をすべきでないか、

希望を見いだしている人達を、

がっかりさせてはいけない。

 

あえて、もう1度、この認識を、

再確認して、噛みしめて、

そして前へ進む。

 

2018年、夏、熱帯夜の志摩で。


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