母川回帰

ダウン症の人たちのためのプライベートアトリエ、元アトリエ・エレマン・プレザン東京代表、佐久間寛厚のブログです。日々の制作の場で人間の心と創造性の源を見つめています。

繋がりを創る

今年も色んなことがありましたね。

仕事の上でも、個人的にも、新たなスタートを切れて、素敵な人達と出会えたことは、本当に嬉しかった。

 

東京アトリエは28日が年内最終日となる。

僕が制作の場に入るのは次の土日まで。

 

場はいつでも素晴らしく、暖かく、平和で幸せな時間。居る人みんなにとって。

変わりなく、この質が保たれている奇跡。

 

ここ数年で東京も変わった。

故郷の金沢も変わった。

場所によっては跡形も無い。

良いものが、良い場所が消え、心の支えだった人達が倒れて行った。

 

年末、やはり電話が相次ぐ。

辛い状況の人達からの相談が後を絶たない。

 

汚いもの、醜いもの、嘘偽り、虚像、ただそれが大きく、力を持つだけで、人々は信じ込む。真実を見抜く目は何処にもない。

正しいもの、綺麗なものこそが力を持つべきだと思って来た。でも、正しかった、綺麗だったものが、一旦力を持った時、ここまで変わってしまうのか、ここまで堕落してしまうのか、と思い知る場面も沢山あった。

 

大勢が良しとするものが、ほとんど偽物なのは、大勢が良しとすることによって、力を持ってしまうことにも原因の一つがある。

 

現場に立ってたった一人の人の内面と直に向き合ってきた。そこから見えること以外は嘘だから。

 

戦わなければならない沢山の場面。

守らなければならないこと、そのために言わなければならないこと。

 

権威的なものとは絶えず戦ってきた。

 

先日、プロフェッショナルとして、あまりにも無自覚な記事を見て、滅多にしないことだが、その団体に指摘した。

直ぐに謝罪の連絡があった。数名の方からだったが中には、僕たちの活動に希望を見て、影響受けている、と言ってくれた方もいた。

真っ直ぐに謝ってきたので、この方達の人格は素晴らしいと分かったし、良い意志を持って活動していることは理解出来た。

ただ、今度は僕の言動が一つ権威になってしまうのなら、これは同じことだ。

改めて、こう言う場所での発言はやめようと思った。

 

真意は、これまでもずっと同じ。

色んな動きが目に付くし、実際にそれによっての被害も見ている。だから、警告はしてきたし、ダメなものはダメと言ってきた。

やり方含めて、盗まれたり、無断でのパクりもあっても、止めたり押さえつけたりしたことはない。その人達の考えを変えることは出来ないから。

僕は志の低さを指摘してきただけ。

 

今週は来客も続いた。

ずっと応援して下さっている方達もいる。

それぞれの出会いがまた、どこかで形に繋がりますように。

 

そして、何度も書いて来たことだが、2020年より、このブログ含めて、SNSでの発信は控えて行く。理由を少し書いておこう。

よくあるSNS批判ではない。それに費やす時間や労力を別のものに向けたい、的なことでも全くない。

 

確かな繋がり、確かな伝達、確かな関係を創るため、。僕らはそのためにはSNSを離れる必要を実感している。もっと言えばSNSに頼らない繋がり方を、今から創って行くことが大事だと。

 

SNSの影響は本当に大きい。そして、そこで流れる情報、人が受け取る情報は、個人の見ている世界と、あまりにかけ離れている。

一人の内面から世界を捉える、と言う、僕の仕事から見て、このSNSの影響の危険性とは取り組まなければならない。

人間の心がSNSを使う。それなら良い。しかし、今人間の心がSNS化して行っている。

 

心の内側に触れて行くとは、底にタッチしていくこと。地面に触れて行くこと。人間の地面は心の地面は土だったはず。今やコンクリートだ。ただね、コンクリートは弱いから、直ぐ砕くことは可能だ。

 

数の論理に支配され、一つの正義しか認められない世界。記号としての多様性が、実はその世界観を全ての人に強要する。

分かり易い正義と悪、右と左しか、この世界に存在しないかのように。

被害者と加害者しかいないかのように。

そして、全ての人はそのどちらかのように。

一旦どちらかにつけば、反対側にはどれ程卑劣に潰しても構わない、と言う恐ろしいシステム。知らず知らずに、人は支配されて行く。人間存在は矛盾に満ちている。矛盾を綺麗に消した時、人間は死ぬ。

 

SNS化して行く世界の中では、嘘つきしか残れない。

 

人間に届けたい。人間と繋がりたい。

そうでなければ、人は救われない。

人間の幸福をテーマに、本当の言葉や、本当の繋がり方を創って行こうと思う。

 

少ない人数でも、深い繋がりを。

この殺伐とした世界で、心が飢えるとはどれ程、危険なことなのか、寂しいことなのか、人が自ら命を絶つような、この社会を、たった一人の人間の幸せだけが、静かに変革を起こすことが出来る。

 

先日、母川回帰シリーズのメンバーの方、数名から頂いた言葉が、胸に響く。

今年は楽しかった、と言ってくれた方、視野が狭くなっていたのが、出口が見えてきたようだ、と言ってくれた方。毎月、楽しみだった、と。来年も楽しみだ、と。

 

嘗て、場を共にしてくれた人達。

場を見た人達も言っていた。

作家たちだってそうだ。

 

人はこんなに笑顔になれる、生きていて良かったとまで言ってくれた人がいました。

人間には無限の可能性があるのだと、感じてくれた沢山の人がいます。

いつだって、どんな状況だって、良くすること、良くして行くことができるのだ、と。

これこそが、場なのです。これこそが人なのです。これこそが生きていること。

人は何処までも輝ける。そして響き合える存在です。せっかく生まれてきたのだから、そのことを証明してやろうじゃありませんか。


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