ピークを見極める
この話が一般的にどんな意味を持つのか、分からない。でもずっと見てきて言えることを一つ。
僕らの仕事で大事なことは沢山あるが、その中の一つに「読み」と言うものがあることは確かだ。
読むこと、読み解くこと、そして、見極めること。
ただ読みだけではだめで、読みを外したり、読みを捨てたりまでも自在に出来なければならない。
そのことは以前に書いたことがある。
だから今、読むべきか、あるいは読まない方が良いのか、それをも見極める必要がある。
全体を見渡す視線や、俯瞰が更に重要だ。
見極めること、そのスピードはとても大切だ。
相手の心の動きや、生命体の流れを瞬時に見極めて判断する必要がある。
調不調だけではない。体調や気持ちの揺れや、今置かれている環境での葛藤や、向かいたがっている方向性、そう言った様々な要素を見極める。
しかし、それらは技術的なものでしかない。
もっと奥深いのは、生命体の流れと言うもので、これは誰にもどうすることも出来ないもの。
良い悪いだけでは計れないものだ。
そう言うものを見てきて、生命体やその人の人生の流れ全体を見て、はっきり言えることは、ピークと言うものの存在だ。生命体にはピークがある。人生にはピークがある。人にはピークがある。
そしてピークは1人の人間で言えば数年のもの。
これを短いとするか、どうかは分からない。
ピークが終わっても幸せはある。
それは確かなこと。
僕らの仕事で大事なことは、1人1人のピークを見極めることだ。ピークを見極めて、その時期に最高点に立てるようにすること。
これは生命体と言うものの何か厳粛な場面に向き合うようなことだ。
ピークを見逃しては、或いは甘噛みに終わっては、その生命は輝かない。
これは僕らの領域で言えば、作品のピークでもある。
何人もの作家のピークを見てきた。
始まりも終わりも。
そこをしっかり見極めて命を輝かせて貰うことも出来た。ピークを見極めることは、この命を全うして貰うために1番大事なことだ。
何も作家達だけではない。
スタッフも、仕事で、或いはプライベートで出会う全ての人にピークがあり、それはやがて終わる。
終わるからこそピークがある。
僕自身もピークは終わっている。
その時に高みに登って見てみる経験をしなければならない。どんな人にもピークが用意されているという神秘。与えられたものを無駄にしてなはならない。大切に頂くべきだ。そのための手伝いをするのが僕らの役割の一つだと言える。